時には、がっつり

ふだんはおいしいものを少しずつ派だけど…

羅生門(芥川龍之介)2/2 Seek Deeply! もっと、深くへ ! (日本語教師教養サプ

 
 
「情緒的感覚的な正義感と現実的合理的な判断」について               
 
 「羅生門」(芥川龍之介)では、『情緒的感覚的な正義感と現実的合理的な判断』がライト・モチーフとなっているととらえていい。『情緒的感覚的な正義感と現実的合理的な判断』とは…。
 
 アフリカにあるソマリアという国では、海賊を生業にしている人々が大勢いて、日本政府はその海賊対策に協力しているという…知っていますか?優秀な海賊の若者は、女子たちの憧れの的でもあるらしい。
 
 
 国家のガバナンスがゼロといっていいソマリアの人々が、自分が生きるために、あるいは、家族を養うためにできる数少ない仕事の一つが海賊だということを真っ向から否定できるだろうか?…考えさせられますね。この日本だってつい数十年前、敗戦後の貧しい時代、法的に禁止されている物品を売り買い(闇屋)したり、闇酒をひそかに造って(密造酒)売ったりして生き延びていた人が大勢いたんだよ。中には、多くの女性が、親が作った借金返済のため、あるいは、家族(祖父母や両親や兄弟)を養うため米兵など相手に売春をしていたこと(今では考えにくいことだけど、特殊慰安施設協会という国営の売春施設を日本政府が設けていた)ということなどについて、語られることは少ないけど、知っていたほうがいいと思う。過去を知ることは、今のわれわれを知るために欠かせないものだから。また、物事には必ず光と影があり、影ばかりを言いつのる政治家・有識者、逆に光だけをかかげて美化する政党・評論家、どちらも鵜呑みにできないな、と思うのは健全な感覚を持っているといえるんじゃないかな。コインは裏があるからこそ表があり、その逆も同じ、1/2=1だと言い張る主張には気をつけた方がいいよね。
 
 
 
 お金が集まるところにはジャブジャブ集まり、流れてくるところには、ジャンジャン流れてくるのが現実というもの。この日本でも、毎日100万円・200万円使っても使いきれないような資産を持っている人が少なくない数いるという。その一方、まじめに働いても年収200万円に届かない人たちが1200万人を超えたといわれている(2007年国税庁のデーター。納税や手当の関係で働く時間・収入を抑えている人がいることも事実。)。給与所得者は4500万人足らずだから、100人のうち20人が200万円以下ということになる。年収200万円といわれても実感が無いと思うけど、そこから所得税社会保険料(医療・年金・介護)などが差し引かれる。その他、家賃は少なくとも3万円はする。水道光熱費も必要。すると、年収200万円の人の可処分所得は額面の半額の100万円。一日300円となり、生きていくのも難しい。日本はGDP世界三位で莫大な冨を所有しているのに、割り切れないよね。次の働く世代も作り育てていけないのなら、この現在のシステムは終わってしまうのではないかとも思う…。やはり政治の無能としか考えられないと思うんだけど。既得権益層・支配層が、運転手付きのベンツで移動するなど贅沢な暮らしをしているのに、何百万人という餓死者がでることもあるというどこかの近国を笑うことができるのだろうか…?
 
 
 
 でも一方、富の再分配政策を強化して平等を徹底した社会に、われわれ人間は本当に満足するのだろうかとも思う。このことについては、曽野綾子さんが人間にとって成熟とは何か』という本で、相当な平等社会を実現しているといわれているニュージランドでの体験と微妙な違和感を含んだ感想を述べられているんだけど、いろんなことを考えさせられた。興味を持てたら読んでみてね。
 
 
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 情緒的感覚的な正義感と現実的合理的な判断、老婆の論理、現実という闇を生き抜くためにはなんだってやる!と思い決めた下人。ここから話題が飛んでいったけど、本を読むとこういうことあるよね。そういうこと、大事にしてほしいんだけど。