時には、がっつり

ふだんはおいしいものを少しずつ派だけど…

映画「工作~黒い金星 ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男」を観た

 

 

 

 韓国映画は初めて観た。正直言って、期待三分だった。

 慰安婦合意の一方的破棄、観艦式での言いがかり、火器攻撃レーダー照射問題、元「徴用工」倍賞判決問題など、韓国政府、そして、日本在住でテレビに出演している大学教員の言い分など聞いていると、李氏朝鮮時代の衒学的朱子学のDNAが脈々と受け継がれているなと思っていた。プラス、文現大統領はチュチェ思想にも侵食されているな、意図的に韓国消滅に向かわせているのかもと思っていた。日本人全体が、うんざりした気分になっているのは、そうだよなと思う。

 

 

 あるきっかけで、「工作~黒い金星 ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男」という映画のことを知り、興味をひかれて、時間を作って観に行った。

 これも正直、韓国でこんなにクオリティの高いエンターテイメント映画が作られていたのか!と思った。

 

 

 一番感じたのは、リアリズム、リアリティということ。日本と韓国のリアリティの違い。

 

 日本では、安全保障も経済活動も日常生活も決定的にアメリカの軍事力に守られていることに気づかないふりをして、平和憲法を守れ、戦争反対というスタンスが正義であり良識であり続けた。もっとも、アメリカは自分の利益のためにそうしているのはいうまでもない。

 

 一方、玄界灘を越えた向こうの半島は休戦状態。 両国で監視・威嚇・衝突、さまざまなステージでの工作・スパイ・攪乱・世論操作の活動が行われているのは、これもいうまでもない。

 

 

 日本と韓国のリアリティの違いが、映画作りの背景となっているようだ。

 

 日本映画は、やはり、空想性・情緒性の色が濃い。それが強みであり弱みでもあるといえるだろう。

 少し前、軍事リアリズムを主眼としたと思われる映画「空母いぶき」を観たが、決定的にリアリティに欠けていてがっかりした。日本が領有する島嶼が外国勢力に軍事的に占拠されているのに、攻撃奪還すべきかどうか躊躇している…?沖縄だったら…?九州だったら…?

 

 「工作~黒い金星 ブラック・ヴィーナスと呼ばれた男」は少し前の出来事・事件、実在した人物と噛み合わせて、とてもスリーリングな物語を巧みに構築している。画面にくぎ付けにさせる迫真性を持っている。

 現在も休戦中であり、陰に陽に戦争がつづいていて、かつ、中国・ロシアが背後から情勢をうかがっている。そんな韓国のリアリズム。

 

 「ダチョウの平和」と揶揄される日本では作れない映画ではないかと思った。

 

 

 事実を過大化したり逆に過小化したり、あるいは、不都合な真実には目を背け、またあるいは、都合の良いように虚構を事実と言いつのり、歴史と世界の物語を組み立てたアイデンティティーは始末におえないなと思っていた。

 

 しかし、韓国のリアリズム、その表と裏、目に見えない存在や力への想像力…才能・制作陣たち・観客たちの存在、この映画を観て、一面的な韓国観だったなと思った。